28 05 2005 Tweet
「ブログの終わり」? それは「キャズム」を越え、一般化・大衆化によって薄まった時代の到来 [絵文録ことのは]2005/05/26
あのころ、ブログは「一部の物好きのブームから、もっと広い層に受け入れられる“壁”(キャズム)を超えられるだろうか」ということが議題になるような段階だった。
とかみていて、キャズムという便利な言葉があるのを知りました。
ブログはキャズム(ハイテクの落とし穴)を越えてブレイクするのか?:Goodpic
この質問に自分で答える、あるいは周囲の人のブログへの反応を照らし合わせることで、技術としての”ブログ”がテクノロジー・ライフサイクルのどの段階にあるのかが分かるのだろう。
テクノロジー・ライフサイクル的な話題だとハイプ曲線なんかに照らし合わせたくなるところだが、そうするとBLOGはこの図のP2P辺りにいるのかナァ。
キャズムのテクノロジーへの流入度を時間軸にとって適当に変換(対数変換か、微分かわからんが)すればハイプな曲線が出来てきそうな気がするが?なんとなく同じことを言っているような気がするナァ。
要は、ちゃんと認識していないヒト(大衆っての?)の過剰な期待に応えきれずにバッシングを受ける段階ってのがなんにでも存在するっていうか、、、
バイオインフォとかゲノム創薬なんかもボトムを抜け出したところかナァなんて最近は思ってマス。
BLOGだと薄まるって表現したほうが僕的にはしっくりくるのだろうけど。所詮WEB LOGだから、ログるヒトの質が薄まったのが、ブログは終わったみたいな風に感じ取るとか言ってたヒトに近い感覚かも。